2006年04月12日

寝不足のもと

文庫本が発売されるのを待って購入した「ダ・ヴィンチ・コード」3巻を、一日一冊ずつ読了。
最初は、インディー・ジョーンズの「最後の聖戦」を彷彿させたりもした。
どちらも「聖杯伝説」。

象徴学、暗号学、美術、キリスト教教義、異教、色んな要素が組み合わさって展開する内容に、ぐんぐん引き込まれ夢中になって読んだものの、読み終えた今は少々混乱気味。


私が中学から大学まで過ごしたミッションスクールでは(特に中高では)、それらしい習慣が多かったと思う。聖歌、朝や食前食後のお祈り、週に一度の「宗教」という授業、クリスマスや年度始めのミサ。(←あ、私は信者ではないですけれど)
シスターによる宗教の授業の内容、特に写真や絵を使った説明は、真面目でない生徒にも僅かの印象を残した。

イタリアを旅行した時、そうやって印象に残った「最後の審判」・「受胎告知」・「ピエタ像」等の本物を見られたことに素直に感動したし、やはりヨーロッパ文化に触れる時、キリスト教は切り離せないなと実感もした。
 本に取り上げられている「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラッツエ修道院には、開館時間に間に合わず行けなかったのが今更ながら残念で仕方がない。



 この本には、キリスト教について多く書かれている。実は読み始めるまでそんな内容だとは思ってなかった。全く知らない訳でもないし、興味深く読み進めていたのだけど・・・。


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「最後の晩餐」にはマグダラのマリアが描かれており、
マグダラのマリアはイエスの妻で二人の末裔が存在する。
そして聖書は当時の情勢に合わせて手を加えられている。
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そんな記述には、さすがに驚く。
 最後の晩餐に登場する人物は十二使徒の男性、
本書でマグダラのマリアと示されている人物はヨハネだと私は思っていたし、
マグダラのマリアは娼婦、
なんたってイエスは神の子なんだから、末裔って。。


不真面目生徒のおぼろげな記憶を引きずりだしつつ、やはり記憶と違う内容を本で示されれば衝撃を受けるし調べたくなる。読了後は数日、ネットで関連内容を検索したり、学生の頃の聖書で4つの福音書の「最後の晩餐」、その他引用箇所をパラパラめくってみたりして、寝不足状態が続行した。
旧約と新約を読み直してみようかとさえ思ったケド、それはやめた。くまができそうだし。



本の冒頭に書かれる「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている。」という一文が、どこまでが真実でどこからがミステリーなのか混乱させる。
だから、ダ・ヴィンチ・コードの謎に関連する書籍も多く出版されている。
買いたいほどではないけど、立ち読みしたい(笑)



折りしも、先日の新聞に1700年前の「ユダの福音書」の写本を解読したという記事が。
ユダの裏切りはキリストの指示によるものという内容。

ほぅ・・・。

なにがなんだかわかりましぇん。



posted by せろり at 22:33| 静岡 ☁| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まったくキリスト教とは無縁な人生なので、???だらけだよ… でもいろいろな宗教を少しでも理解できれば、異文化を理解するのに役立つでしょうね! 私も心の豊かさを求めて読書してみようかしらと思います。
Posted by 1.7M 女 at 2006年04月16日 13:38
キリスト教、私も詳しくはないですよん。
この本、信仰の厚い方には影響もないかもですけど、ちょっと興味があったり知ってる人が一番惑わされるのかも、って思います。

本はまぁまぁ読んでますけど、寝不足になりがち。
今は、とりあえず家に転がっていた本、
なかにし礼の「兄弟」を読んでます。
Posted by せろり at 2006年04月16日 21:15
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